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京都五山送り火の意味や由来が謎に包まれている!?歴史から紐解く

   

あなたは、お盆休みをどこで過ごしますか?

ひと昔前なら子供と一緒に田舎に帰省が一般的でしたが、最近では、海外も含め、国内でも旅行に行く人も増えてます。

しかしハイシーズンで飛行機、電車、ホテルは高い価格で人の混雑もあり、簡単に外出という気分にもなりませんが、それでも出かけたくなるイベントが各地で行われます。

今回は、お盆に夜空を焦がす火のイベント、日本の古都・京都の「五山の送り火」についてご紹介いたします。

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五山の送り火とは?

送り火とはお盆に現世に帰ったきた先祖の霊を再び送り返すという宗教的行事で、昔から全国で行われています。

その中でも有名な毎年8月16日に行われる京都の「五山の送り火」。葵祭、祇園祭、時代祭の京都三大祭に加わり京都四大行事の一つです。

午後8時から「大文字」(東山如意ヶ嶽)から、「妙法」(松ヶ崎西山・東山)、「船形」(西賀茂船山)、「左大文字」(大北山)、「鳥居」(嵯峨仙翁寺山)の順番で、東から西へ京都の街を囲むように送り火が点火されていきます。

いつから始まったのかは諸説あり

京都の真夏の夜空を焦がす一大イベントですが、五山の送り火がいつから始まったのかについて、色々な起源が伝えられています。

元々、五山のそれぞれに伝えられた起源があり、古くは平安時代の初めころに始まったとされる説が残されています。

京都では、戦国時代の頃にはお盆になると家々で提灯や燈籠を飾り、松明を掲げて霊を送ったという風習が定着しており、江戸時代の中頃には、「大文字」「妙法」「船形」も含めて色々な山で送り火がつけられていたようです。

明治時代になるまでは、五山の送り火の他に、「い」・「一」・「長刀」といった送り火もあったそうで、昔の京都の人々は、五山の送り火とは言っていなかったと思われますね。

紆余曲折があって、山の送り火が五つになったのは、昭和初期の頃でした。

民衆の伝統的行事の集大成

起源が定かではない「五山の送り火」。794年に平安京として日本の都となり、長らく政治、文化の最先端であった京都で行われる伝統行事なのに、公式の記録が残されていないため、諸説浮き上がり明快な答えもないまま現在に至っています。

・京都では、提灯、燈籠、松明などの火を掲げる風習が戦国時代には根付いていた。

・明治時代より前は、五山以外の山々でも送り火が行われていた。

こういった周辺に残る話から考えれば、夏の山に赤く灯される炎の光は、今でこそ滅多に見られない情景として私たちを魅了していますが、昔の人にとって見れば、普通のことだったのかもしれません。

誰かに計画され決められたことではなく、当たり前こととして行っていた風習だったため、特に記録が残されていないのでしょう。五山の送り火は、そういった昔から京都で行われたお盆の伝統の集大成と言えるかもしれませんね。

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まとめ

昔から続く伝統でありながら謎が多い風習ですが、そのことが私たちに改めて歴史の深さを感じさせる良い機会になるのではないでしょうか?

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