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平塚七夕まつりの由来や歴史は?お祭りの意味を知って楽しさ倍増

      2016/07/05

sasanoha

夏には七夕やお盆など様々な行事があります。夏の花火大会や夏祭りを楽しみにされている方もいらっしゃるでしょう。

しかし、七夕も夏の行事なのに七夕にまつわるイベントはあまり耳にされたことがないかもしれません。

でも、実は日本には七夕祭を開催しているところもあるのです。例えば、湘南ひらつか七夕まつりが挙げられます。毎年7月に神奈川県平塚市で開催される湘南ひらつか七夕まつりは、街全体で盛り上がる活気のあるお祭りです。

それでは、湘南ひらつか七夕まつりはどのようなお祭りなのでしょうか?お祭りの由来や歴史を知ってからお祭りに参加すれば楽しさも倍増します。

そこで、今回は湘南ひらつか七夕まつりの由来や歴史についてお話します。

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そもそも七夕の由来とは

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七夕は元々は中国のお祭りでした。織姫と彦星という働き者の二人を見ていた神様は、二人を結ばせてあげようと思いました。神様によって結ばれた織姫と彦星はお互いを深く想い合いました。

しかし、想い合うばかりで二人は以前のように働かなくなってしまったので、神様は二人を天の川を隔てて離れ離れにしてしまいました。

すると、二人とも悲しみに暮れるようになってしまったので、二人を哀れんだ神様は1年に1度だけ二人が会えるようにしてあげました。

日本では、江戸時代に寺子屋で学問に励む子どもが増えたので、学問や字の上達を願って七夕に短冊を書くようになったのが由来だと言われています。

そして、七夕は寺子屋の子どもだけでなく、幕府でも行事として取り入れられ、武士や庶民などにも伝わるようになり、現代のような七夕文化が生まれたのです。

湘南ひらつか七夕まつりの由来・歴史とは

湘南ひらつか七夕まつりの原点は、七夕まつりとしてではなく、最初は街の復興を目的としたお祭りでした。

戦時中、日本各地で空襲を受け、日本の至る所が焼け野原になりました。平塚市も例外ではなく、激しい空襲によって市内の殆どが焼け野原になってしまいました。

空襲は街を焼き尽くすだけでなく、そこで暮らす人々の心にも暗い影を落としました。

しかし、人々が立ち直らなければ街を元に戻すこともできません。そこで、戦争で傷ついた人々の心に活気を取り戻すため、昭和25年7月復興まつりが開催されました。

そして、復興まつり開催の翌年である昭和26年7月には、仙台の七夕まつりを参考にした七夕まつりが企画され、平塚商工会議所と平塚市商店街連合会が中心となって第1回湘南ひらつか七夕まつりが開催されました。

また、湘南ひらつか七夕まつりは回数を重ねるごとに役割も変貌し、昭和32年からは主催者が平塚市になり、平塚市の魅力を全国に発信したり、地域の産業の発展に貢献する役割としても機能するようになりました。

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短冊などの七夕飾りは七夕まつりの見どころ!

七夕といえば、短冊をはじめとする七夕飾りを連想される方も多いでしょう。七夕飾りは、湘南ひらつか七夕まつりの見どころの一つです。

お祭りになると、街の中には多くの七夕飾りが飾り付けられ、町中が色鮮やかな光景になります。

色彩豊かな七夕飾りは一般からも受付をしており、きらびやかな七夕飾りだけでなく、子どもが書いた短冊を結び付けた七夕飾りも湘南平塚七夕まつりを彩ります。

色とりどりの七夕飾りは昼間に見ても綺麗ですが、夜に見てもきらびやかで幻想的でオススメですよ!

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